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松山簡易裁判所 昭和50年(ハ)347号 判決

原告 株式会社 三光商事

右代表者代表取締役 富久保忠男

右訴訟代理人弁護士 曽我部吉正

亡松本ハル子訴訟承継人被告 松本勝明

〈ほか三名〉

主文

(一)  被告松本融は、原告に対し、金一〇万円およびこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払済みに至るまで年三割六分の割合による金員を支払え。

(二)  原告の被告松本融に対するその余の請求(連帯保証などを原因とするもの)はこれを棄却する。

(三)  被告松本勝明、同和久、同由美子は、それぞれ原告に対し、金六万六、六六六円およびこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払済みに至るまで年三割六分の割合による金員を支払え。

(四)  訴訟費用は、原告と被告松本融との間においては、これを三分し、その二を原告の負担とし、その余は被告融の負担とし、原告と被告松本勝明、同和久、同由美子との間においては、全部被告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

1  本案前の申立

被告ら四名は、亡松本ハル子の本件訴訟手続の受継を求める。

2  本案の申立

(一) 被告松本融は、原告に対し、金三〇万円およびこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払済みに至るまで年三割六分の割合による金員を支払え。

(二) 主文(三)項と同旨。

(三) 訴訟費用は、被告らの負担とする。

(四) 仮執行宣言。

二、被告ら四名

1  本案前の申立

原告の訴訟手続受継の申立は却下する。

2  本案の申立

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。

第二、当事者双方の主張

一、原告

1  本案前の申立事由

(1) 松本ハル子は、昭和五〇年七月二四日死亡し、被告融は同女の夫であって、その余の被告らは同女の子である。

(2) 松本ハル子の相続財産は、

イ、和服一五枚、洋服八着、ハンドバッグ四点、指輪二個、相互銀行のハル子名義の通帳(額面残高三~四、〇〇〇円)、由美子名義の通帳(額面残高五~六万円)

ロ、ふとんびつ、間だんす、下駄箱、洋服だんす、鏡台各一点、ふとん三組

ハ、病院へ持参していたもの

であった。

(3) 被告らは、右ハの物件については、ハル子の死亡後焼却処分し、さらに、昭和五〇年八月一〇日ころ(すなわち相続放棄の申述前に)、右相続財産につき、全員協議のうえ、

イ、右イの物件は、由美子の所有と定めて同人に引渡し、

ロ、右ロの物件は、彼告らの共有として共同使用する旨の各決定処分がなされた。すなわち、ハル子の積極財産は、この時点において全て処分せられたものであり、同女の兄弟ら親類には形見分けもしていない。

(4) 被告らの右処分行為は、被告ら主張の単なる形見分け(死んだ人の過去の思い出の種となるもの=遺品を分けることで、かつ、その範囲に限定されるもののことである)には当らず、信義則上、当然に、民法九二一条一号にいう相続財産の処分に該当するといわざるをえない。従って、松山家庭裁判所がなした昭和五〇年九月三日の被告らの相続放棄の申述の受理は無効である。

(5) よって、被告らは、相続によって同女の権利義務を法定相続分に従って承継したので本申立に及ぶ。

2  本案・請求の原因

(一) 原告は、不動産業および金融を業とする会社である。

(二) 原告は、訴外松本ハル子に対し、昭和四九年一〇月三一日、金三〇万円を次の約定で貸し付けた。

弁済期 定めなし

期限後の損害金 一〇〇円につき一日三〇銭

(三) 原告は、右ハル子に対し、昭和五〇年六月一八日付内容証明郵便をもって本書面到達後七日以内に右貸金を弁済すべき旨催告し、同書面は同月二〇日右ハル子に到達した。然るに、右ハル子は、同書面到達後七日を経過した同月二八日になるもその支払をしない。

(四) 右ハル子は、同年七月二四日死亡し、同日相続開始した結果、被告融は同女の配偶者として三分の一宛、その余の被告らは同女の子として各自九分の二宛、ハル子の右債務を相続した。すなわち、被告融につき元本一〇万円、その余の被告らにつき各元本六万六、六六六円、ならびに、被告らに対する右各元本に対する同年六月二八日から右相続開始までの年三割六分の割合による遅延損害金を相続した。

(五)(1) 被告融は、原告に対し、前記(一)記載日に、同項のハル子の債務につき連帯して保証した。

(2) 被告融は、右ハル子を代理人として、原告に対し、前記(一)記載の原告のハル子に対する右金員貸付の際、右ハル子の債務につき連帯して保証した。

(3) 被告融と亡ハル子は、夫婦であったところ、妻ハル子が、夫の入院費のために社会通念上相当と考えられる金員を借入れることは、夫融のため、当然に、民法七六一条所定の日常家事債務となる。すなわち、融は、土地七、八〇〇坪を、建物一三軒(内アパート一棟)をそれぞれ所有し、息子は新車に乗っているという財産状況、さらには、特別室に入院すれば一日数万円円を要する現状などを考慮するとき、ハル子が原告から借り受けた右金三〇万円という額も、被告融、ハル子夫婦にとっては、当然に日常家事債務に含まれる金額である。従って、被告融は、ハル子の右債務につき連帯責任を負う。

(4) 仮に、本件三〇万円の借り入れが、日常家事債務に含まれないとしても、ハル子が、原告に対し、被告融の代理人として、同条所定の日常の家事に関する代理権の範囲を越えて法律行為をした場合というべく、原告は、右ハル子の行為が、被告融、ハル子夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき、次の事由により正当の理由を有する。すなわち、(イ)、原告は、紹介者井上正夫、ハル子両名より、融の入院費であると聞いてこれを信じた、(ロ)、被告融、ハル子は、前記(五)(3)記載の如き資産家であって、その資産に比し、三〇万円は当然の入院費と考えられるし、(ハ)、ハル子は、被告融の実印ならびに印鑑証明までも所持していた(なお、その前の貸付時は、息子勝明が実印を持って来て、いわゆる家族ぐるみの取引である)、(ニ)、また、原告が、本件貸付を日常家事としての入院費の工面のためのものと信ずるにつき他に何んの不当性も存在しない。

従って、被告融は、原告に対し、同条所定の日常の家事に関する代理権を基礎として、同法一一〇条の趣旨を類推適用して、その責任を負う。

(六) よって、原告は、被告らに対し、次の金員の支払を求める。

(1) 被告松本融は、金三〇万円およびこれに対する昭和五〇年六月二八日から支払済みに至るまで利息制限法所定の限度にまで引き直した年三割六分の割合による遅延損害金。

(2) 被告松本勝明、同和久および同由美子は、各自、金六万六、六六六円およびこれに対する右同日から支払済みに至るまで利息制限法所定の限度にまで引き直した年三割六分の割合による遅延損害金。

二、被告ら

1  本案前の申立事由に対する答弁

(1) 原告主張の申立事由(1)の事実は認める。

(2) 同(2)の事実中、指輪は二個でなく一個で、しかも、イミテーションであり、ハル子名義の通帳(額面残高三~四、〇〇〇円)はショップの払込帳であり、由美子名義の通帳(額面残高五~六万円)は学校の積立貯金である。ふとんびつ、下駄箱共にハル子所有のものはなく、ふとんは三組ではなく二組で、しかも病院で、毛布四、五枚、ハル子の寝まき、ゆかた、服数点、着物五、六枚などと共に焼却処分した。

(3) 同(3)の事実中、ハル子の着物などを由美子に形見分けとして処分したのは、昭和五〇年九月一〇日ころであり、また、被告らは、原告主張の物件を共有して共同使用しているとの主張を否認する。

(4) 而して、被告らは、被相続人松本ハル子の法律上の地位(権利義務)を承継したものではない。すなわち、被告らは、ハル子の積極財産を処分したこともなく、仮に処分したとしても、単なる形見分けに過ぎないか、経済的に価値のないものの処分であるか、後記相続放棄受理後の処分であるから、民法九二一条一号の処分に該当せず、従って、単純承認をしたものとみなされないし、かえて、被告らは、松山家庭裁判所に対する右ハル子に関する相続放棄の申述が、いずれも、昭和五〇年九月三日、同裁判所において受理されたので、同日、被告らの相続放棄の効力が生じた。それ故、被告らは、ハル子の権利義務を承継しないので、原告の訴訟承継の申立は失当である。

2  本案・請求の原因に対する答弁(ただし、同原因(五)項は被告融のみ)および抗弁

(一) 請求の原因(一)項の事実は認める。

(二) 同(二)(三)項の事実は不知。

(三) 同(四)項の事実中、ハル子が昭和五〇年七月二四日死亡し、被告らがそれぞれ原告主張の身分関係にあった法定相続人であったことは認めるが、その余の事実は否認する。

(四)(イ) 同(五)項(1)(2)の事実を否認する。

なお、昭和四六年頃、被告融の印鑑をハル子に無断で使用されたことがあったので、その後は、金庫に印鑑を納め、金庫の鍵を被告において保管し、一度もハル子にまかせたこともなく、松山市役所に対しても、被告融以外の者に改印、廃印、印鑑証明書の交付申請など受理しないよう本人の写真を添付して届出ていた。

(ロ) 同(五)項(3)の事実中、被告融と亡ハル子が夫婦であったことは認めるが、その余の事実は争う。

(ハ) 同(五)項(4)の事実は争う。

なお、原告は、被告融本人に確認できるのにしなかった。

(五) 被告らは、いずれも、松山家庭裁判所に対する松本ハル子に関する相続放棄の申述が、昭和五〇年九月三日、同裁判所で受理されたので、右ハル子の相続に関し、被告らは初めから相続人とならなかったものとみなされる結果、被告らが、ハル子の右債務を承継することはありえない。

三、抗弁に対する原告の答弁および再抗弁

(一)  前記二、2、(五)項の事実中、被告らが、いずれも、松山家庭裁判所に対し相続放棄の申述をなし、同年九月三日、同裁判所で右申述が受理されたことは認める。

(二)  被告らは、昭和五〇年八月一〇日より二〇日までの間に、相談のうえ、松本ハル子の積極財産を処分したので、民法九二一条一号により単純承認したものとみなされる。

四、再抗弁に対する被告らの答弁および再々抗弁

(一)  前記三、(二)項の事実を争う。

(二)  被告らがなした松本ハル子の財産処分は、単なる形見分けに過ぎないか、経済的に価値のないものの処分であるか、前記相続放棄受理後の処分であるから、同法条号の処分に該当しない。

よって、原告の本訴各請求は失当である。

五、再々抗弁に対する原告の答弁

再々抗弁事実を争う。

第三、証拠《省略》

理由

第一、原告の本案前の申立すなわち被告らに対する訴訟手続受継申立の当否。

(一)  松本ハル子が、昭和五〇年七月八日、原告によって本訴を提起されたことは本件記録上明らかであるところ、同ハル子は、その後の同月二四日死亡したこと、被告融はハル子の夫、被告勝明、同和久および同由美子ら三名はハル子の子であることは、《証拠省略》により明らかである(なお、当事者間にも争いのない事実である)。従って、被告らは、右ハル子の死亡によりその相続人として同女の権利義務を承継したこととなる理屈である。

(二)  しかし乍ら、被告ら四名のなした右ハル子に関する松山家庭裁判所に対する相続放棄の申述が、いずれも昭和五〇年九月三日同裁判所において受理されていることも、《証拠省略》により明らかである。そうすると、右相続の放棄に法律上の無効原因が存しない限り(最判昭二九・一二・二四民集八・一二・二三一〇参照)、被告らは、民法九三九条により、初めから右ハル子の相続人とならなかったものとみなされ、ひいて、原告の本件訴訟手続受継申立は不適法に帰すこととなるわけである。

(三)1  そこで、原告主張の右法律上の無効原因、すなわち、被告らにおいて民法九二一条一号に該当するハル子の相続財産の処分行為があったか否かにつき検討する。

2  思うに、民法九二一条一号の処分とは、一般的抽象的には、「一般経済価額」あるものの処分をさすと解すべきである(大審判昭三・七・三新聞二八八一、一参照)が、この理の具体的適用では、相続財産の総額と処分されたものの品名・額とを比較考量して衡平ないし信義則の見地から相続人に放棄の意思なしと認めるに足る如き処分行為に当る場合をさすと解すべきである(山口徳山支昭四〇・五・一三下民一六・五・八五九、判タ二〇四・一九一参照)。けだし、右基準によれば、相続人、次順位相続人、相続債権者らの利害を妥当に調和させることとなると思料するからである(注釈民法二五・三六四以下、法律学全集相続法新版三二六以下)。

(四)  《証拠省略》を綜合すると次の事実を認めることができる。

1  松本ハル子の相続財産は、和服一五枚、洋服八着、ハンドバッグ四点、指輪二個、間だんす一棹、洋服だんす一棹、ふとんびつ一棹、鏡台一個、下駄箱一個、ふとん二組(他の一組は病院へ持参していた)、病院へ持参していたふとん、毛布数枚、寝間着、ゆかた、洋服数点などであって、右以外にハル子の相続財産はなく、右の和服、洋服、ハンドバッグはいずれも使用されていた中古品であり、指輪はいずれもイミテーションであるが、内一個は被告融が昭和三〇年ころハル子に金七、〇〇〇円で買い与えたものであり、右の物件はいずれも中古で破損している箇所もあるものである。しかし、右の各物件は、経済的にみて無価値物とは云えず、ある程度の交換価値(一般経済価格)を有すること、右の物件は使用に堪えないものではないにしても、もはや交換価値ありとはいい難いこと。

(なお、原告主張のハル子名義の通帳(額面残高三~四、〇〇〇円)は、ショップの払込帳に過ぎなく預金債権の残存と認め難く、また、由美子名義の通帳(額面残高五~六万円)は、預金の都度由美子に贈与され来たったもので、由美子個有の財産であると認めるのが相当である。)

2  被告融は、右の物件をハル子死亡直後に焼却処分し、被告ら四名は、昭和五〇年八月一〇日ころ、全員で協議したうえ、右の物件を由美子の所有と定めて同人に引渡し、右の物件のうち、間だんす、洋服だんす、鏡台は由美子に無償で使用させていること。

3  《証拠判断省略》

(五)1  右認定の事実関係によれば、松本ハル子の相続財産(積極財産)は、右の各物件であり、決して多額とは云えないところ、被告融において焼却処分した右の物件は殆んど一般経済価額の存しないものであるから本条号にいう処分に該当しないし、被告由美子に無償で使用させている間だんす一棹、洋服だんす一棹、鏡台一個は、本条号但書の保存行為に当り、右処分に該当しない(法律学全集相続新版三三三頁(六)、最判昭四二・四・二七最高民事解説昭四二・一七六参照)。しかし乍ら、被告ら四名が、昭和五〇年八月一〇日ころ、全員で協議して、和服一五枚、洋服八着、ハンドバッグ四点、指輪二個を由美子の所有と定めて同人に引渡した行為は、本条号に規定する相続財産の一部の処分に当ると判定するのが相当である。けだし、右由美子の所有と定めた物件は、前記認定のとおり、ハル子の相続財産の重要な部分を占めるからである。従って、被告の単なる形見分けに過ぎないか、経済的価値のないものの処分である旨の主張は採用しえない。また、右認定の日時から被告らの処分は、被告らの相続放棄受理後の処分でないことも明らかである。

2  民法九二一条一号の処分は、法律行為たると事実行為たるとを問わず、また、未成年者の行為たるとを問わないものと解するのが相当である(前注釈民法参照)。而して、《証拠省略》によれば、被告ら四名のうち、被告和久は右協議当時満一五才、同由美子はその当時満一一才であったことが認められ、右両名は、いわゆる未成年者であるが、当法廷における右両名の証言、その過程および年令などから推究して、いわゆる意思能力すなわち自分の行為の結果を判断することができる精神的能力を有していたと認定するのが相当であり(最判昭四一・一〇・七民事解説昭四一・四三一、ドイツ民法一〇四条一号参照)、被告らの右協議決定による処分行為は、いわゆる取消しうべき行為ではあるが、取消すまでは有効な処分行為であるところ、右取消のなされたことを認めるに足る主張立証はない。さらに付言するに、右取消の意思表示がなされたとしても、右処分行為は、同法条号にいう処分すなわち事実行為に当ると認定するのが相当である。

3  そうすると、被告らの右処分行為は、民法九二一条一号に規定する相続人が相続財産の一部を処分したときに該当するといわざるを得ないので、松山家庭裁判所がなした昭和五〇年九月三日の被告らの相続放棄の申述の受理は無効であるといわなければならない。

(六)  よって、被告ら四名は、昭和五〇年七月二四日右ハル子の死亡によりその相続人として同人の権利義務を法定相続分に従って承継したことが認められるから、原告が、右ハル子に対し、その生前に提起した本訴について受継の申立をしたのは正当であって、これを失当とする被告らの主張は採用し難い。

第二、被告ら四名に対する主債務者松本ハル子の相続財産の相続(承継)を原因とする請求の当否。

(一)  《証拠省略》によれば、原告は、訴外松本ハル子に対し、昭和四九年一〇月三一日、金三〇万円を弁済期を定めず、期限後の損害金一〇〇円につき一日三〇銭の約定で貸し付けたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

(二)  《証拠省略》によれば、原告は、右ハル子に対し、昭和五〇年六月一八日付内容証明郵便で本書面到達後七日以内に右貸金を弁済すべき旨催告し、同書面は同月二〇日同人に到達したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

(三)  松本ハル子が、同年七月二四日死亡したこと、被告融は同女の配偶者(夫)であり、被告勝明、同和久、同由美子ら三名は同女の子であることは当事者間に争いがない。

(四)  被告らの抗弁(前記二、2(五)項)、原告の再抗弁(前記三、(二)項)、被告らの再々抗弁(前記四、(二)項)についての認定判断につき、前記第一の(二)ないし(六)項の全部をここに引用する(但し、本項に引直して)。

(五)  右争いのない事実および右認定の事実関係ならびに法律判断を綜合すれば、結局、被告らは、右ハル子が、昭和四九年一〇月三一日、原告から借り受けた金三〇万円とこれに対する昭和五〇年六月二八日から相続開始(同年七月二四日)までの年三割六分の割合による遅延損害金を、被告融において、元本一〇万円およびこれに対する同年六月二八日から同年七月二四日までの年三割六分の割合による遅延損害金として、その余の被告ら三名において、それぞれ元本六万六、六六六円およびこれに対する同年六月二八日から同年七月二四日までの年三割六分の割合による遅延損害金としてそれぞれ相続したものであるといわなければならない。

なお、被告らの右相続開始後(同年七月二五日)の遅延損害金は右約定にもとづく義務となるものである。

(六)  そうすると、原告の被告ら四名に対する主債務者松本ハル子の相続財産の相続(承継)を原因とする本訴請求は全部正当であるといわなければならない。

第三、被告松本融に対する連帯保証債務を原因とする請求の当否。

(一)  請求の原因(五)(1)の主張(被告融が本件連帯保証をしたこと)を認めるに足る証拠はない。

(二)  同(五)(2)の主張(ハル子が被告融の代理人として本件連帯保証をしたこと)を認めるに足る証拠はない。

(三)1  同(五)(3)の主張(日常家事債務であること)について検討するに、被告融と亡松本ハル子が夫婦であったことは当事者間に争いがなく、右ハル子は、前記第二(一)認定のとおり、原告から昭和四九年一〇月三一日、金三〇万円を借り受けたこと、《証拠省略》によれば、被告融の資産は、土地七、八〇〇坪、建物一三軒(内アパート一棟で、納屋をこわして融が建てたもの)であり、被告融は昭和四七年四月から昭和五〇年五月ころまでタクシーの運転手として稼働していたこと、融は、その間の昭和四九年一二月一一日から同月一六日まで野本病院に入院し、医療費五六〇円を同病院に支弁したこと、被告融の家族は、妻ハル子、未成年の由美子、同和久、成人勝明、母君子であること、融は、ハル子に当時二〇万円位の生活費を手渡していたことが認められ、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

2  右争いのない事実および右認定の事実関係を綜合考慮すると、ハル子の借用した金三〇万円は高額であって、これをもって民法七六一条所定の日常家事債務であると認めることは到底できないものといわなければならない。

(四)  次に、同(五)(4)の主張(日常家事代理権を基礎として民法一一〇条の趣旨の類推適用による表見責任ありとの主張)について検討する。

1  原告が、不動産業および金融を業とする会社であることは当事者間に争いがない。

2  そして、《証拠省略》によれば、さらに次の事実を認めることができる。

イ、被告融は、従前ハル子に今回と同様の借財などをしたことがあったことにかんがみ、その実印を施錠のしていた金庫に保管していて、ハル子にその管理、使用を許したことがないにもかかわらず、ハル子において合鍵を作り融に無断でその実印を持出し、藤井則子をして乙第三、四号証を作成させて、松山市長証明の甲第一号証の三の交付を受け、甲第一号証の一の被告融名下に右融の実印を押捺して、右甲第一号証の三と共に原告に差し入れたものであること。

ロ、原告と被告融との間に、これまで一度も取引関係がなく、また、本件連帯保証について被告融に直接確認したこともないこと。

ハ、被告融は、前記第三、(三)1の如き資産を有すること。

ニ、《証拠判断省略》

3  右争いのない事実および右認定の事実を綜合考慮すると、原告につき、ハル子の本件行為は、未だこれをもって、被告融、ハル子夫婦の日常の家事に関する法律行為に属すると信ずるにつき正当事由ありとは到底いえないものといわなければならない。仮に、原告主張の如くハル子の本件借用が融の入院費であったとしても右結論を左右するものではない。

そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、原告の民法七六一条所定の日常家事代理権を基礎として民法一一〇条の趣旨を類推適用による表見責任の主張は失当であると云わなければならない。

(五)  よって、原告の被告融に対する連帯保証債務などを原因とする本訴各請求はいずれも失当であるといわなければならない。

(なお、原告の被告融に対する請求の趣旨は、前記の通り金三〇万円とその付帯請求であるところ、その請求原因は、主債務の相続分一〇万円(訴訟承継分)と連帯保証債務額金三〇万円とであり、従って、請求の趣旨は金四〇万円にすべきものの如くであるが、保証債務者が主債務を相続して保証債務と主債務が同一人に帰属するに至ったときは、主債務と保証債務が重なる範囲において競合状態が生じ、主債務額または保証債務額のいずれか多額の額をもって、その請求の最高限度額とすべきものであると解するのが相当であり、それ故に、請求の趣旨は金三〇万円をもって示すのが相当であると思料する(最判昭三四・六・一九民集一三・六・七五七参照)。原告はこの理を表わしたものと解し得るのである。)

第四、よって、原告の本訴各請求は、主債務の相続により、被告松本融は金一〇万円と、これに対する昭和五〇年六月二八日から支払済みに至るまで年三割六分の割合による遅延損害金、被告松本勝明、同和久、同由美子はそれぞれ金六万六、六六六円とこれに対する同年同月同日から支払済みに至るまで年三割六分の遅延損害金の各支払を求める請求について理由があるからこれを認容し、その余の被告融に対する請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条九二条九三条を、仮執行宣言の申立については、相当でないからこれを却下することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 山本慎太郎)

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